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読書ノート / 社会
目次は次のとおりです。
その一方で、故・安部元首相を支持する保守的立場を明確にし、ネット上で韓国、中国や女性などに対する差別的発言を続けています。 2018年に幻冬舎から出版された「日本国紀」は、「神話とともに誕生し、万世一系の天皇を中心に、独自の発展を遂げてきた、私たちの国の日本通史の決定版!」と銘打っています(日本国紀 | 株式会社 幻冬舎)。百田はこの本で、太平洋戦争は侵略ではなく、植民地を支配していた欧米4か国と戦って駆逐した大東亜戦争だったと肯定し、現在の日本人の歴史観は、GHQや朝日新聞などの洗脳により刷り込まれた自虐史観だから正さなければならないと主張しています。 このような思想的問題だけではなく、数多くの事実誤認やウィキペディアからのコピペ疑惑などが指摘されました。 にもかかわらず「65万部突破のベストセラー」となっているということです(シリーズ100万部突破の最強タッグ再び! 百田尚樹氏・有本香氏『「日本国紀」の天皇論』10月16日発売)。 リベラル派・左派からは理解しがたい、このような百田尚樹現象の実態を解明しようというのが、本書の目的です。 保守論客としての傾向が加速 本書第1部「第1章 ヒーローかぺてん師か」を参照し、百田尚樹の経歴と著作をまとめると、次のようになります。2012年頃から、保守的な発言や出版が目立つようになります。薄い黄色で示したのは、そのような傾向が見られる発言や出版です。濃い黄色で示したのは、特にそのような傾向の目立つ発言や出版です。最近では、作家というよりも保守論客としての色合いの方が強くなっています。
1988年から朝日放送で始まった「探偵!ナイトスクープ」に、百田は当初から構成作家として参加し、司会の上岡、制作担当の松本との関係が続きます。構成作家としての経験は、ナレーションやストーリーテリングの技量を高めるのに役立ったようです。百田はもともと小説家志望だったようで、1980年に群像新人文学賞に応募し、1次予選を通過しています。 その後、「永遠の0」の原稿を大手出版社に持ち込んだものの、軒並み断られていたそうですが、2006年に、太田出版の現社長・岡聡が出版に踏み切ります。百田は、松本を通じて、岡と知遇を得ていたということです。なお、太田出版は、2015年に元少年Aの『絶歌』を出版したことで注目を集めました(『絶歌』の出版について)。 「永遠の0」は、書評家の注目を集めるようになり、2009年、講談社で文庫化され、その後、累計発行部数546万部を突破する歴史的ベストセラー(永遠の0(ゼロ) 特集ページ - audiobook.jp)となります。 2012年に講談社から出版した「海賊とよばれた男」で、2013年に本屋大賞を受賞し、ハードカバー、文庫あわせ420万部という大ヒット作となります(【ヒットメーカーに会ってみた!】加藤晴之さん)。 2013年には、「永遠の0」が映画化され、興行収入85億円を超える大ヒット作となります(「永遠の0」興収85.6億突破で「ROOKIES」超え!邦画歴代興収6位に)。このころが、小説家としての経歴のピークだったといえそうです。 一方、2012年ごろから、保守派・右派的発言が目立つようになります。 百田は、2010年からツイッターを始め、民主党政権を批判していましたが、それに注目したのが、右派系論壇月刊誌「Will」の編集長だった花田紀凱(かずよし)でした。「Will」2012年9月号に執筆した論考で、百田が安倍再登板待望論を唱えことに安倍が感激し、10月号で両者の対談が実現します。また、三宅久之が代表発起人だった「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志による緊急声明 」の発起人に加わっています。 安倍政権が発足し、2013年にはNHK経営委員に就任しますが、2014年の東京都知事選の応援演説で「(田母神俊雄候補以外を)人間のくずみたいなもの」「南京大虐殺はなかった」と発言し問題となります。 書いてしまったものはしょうがない 人気作家として順風満帆な成功を収め、右派論壇にもデビューした百田は、2014年に幻冬舎から出版した「殉愛」で、多くの批判を受けるようになります。 「殉愛」は、やしきたかじんの2年間の闘病生活を支えた女性(後妻)との「かつてない純愛ノンフィクション」(Amazon.co.jp: 殉愛)ということですが、やしきたかじんの長女が「殉愛」に記述された内容が虚偽であり、名誉を毀損されたとし、損害賠償を求めて訴えを起こしました。元マネージャーも同様の訴えを起こし、いずれの訴訟でも、名誉を棄損したとして損害賠償を命じられています。 訴訟の過程で、百田が長女にも元マネージャーにも、全く取材をしていなかったことが明らかとなりました。ノンフィクションライターである、本書の著者はそのことを問題視して、百田尚樹に質問すると次のような回答があったということです(72〜74ページ)。
「書き方で踏み込み過ぎた」 この点について、幻冬舎社長の見城徹に質問すると、次のような回答があったということです(84〜85ページ)。
「百田尚樹の名前を極力出さない」 2015年、DHCテレビの「真相深入り!虎ノ門ニュース」の配信が始まりますが、百田は、火曜レギュラーを務め、右派論壇の主要メンバーとなっていきます。 2016年には、「海賊とよばれた男」が映画化されます。2013年に映画化された「永遠の0」は、興行収入87億6000万円を記録し、日本アカデミー賞8冠を獲得しましたが(第38回日本アカデミー賞に「永遠の0」旋風巻き起こる!作品賞、監督賞、主演男優賞など8冠)、「海賊とよばれた男」は興行収入23億7000万円だったそうです(海賊とよばれた男の興行収入とは?歴代のランキングも解説!)。 百田によると、「海賊とよばれた男」の製作費は10億円以上かかったということです(何故『海賊とよばれた男』の製作費は10億円以上かかったのか?それは大量のVFXが理由だ! )。
売れることが一番大事 2018年に「日本国紀」が、幻冬舎から出版されます。百田と見城にこの本の目的と、事実誤認やコピペ疑惑について質問すると次のような回答が帰ってきました(79〜83ページ)。
コピペ疑惑については、百田は「自分でも裏取りし、調べた上で書いています」と反論し、見城は「こちらにやましいことは一切ない。ある全国紙から何度も、コピペ問題について取材依頼が来ましたが、応じるまでもなく、どうぞ好きに書いてくださいというのがこちらの考え」ときっぱり断言しています。 筆者は、「強いファン層」が実際に存在し、歴史観に共鳴していることは容易に推測できる、としていますが、さらに次のようにも述べています(88〜89ページ)。「強いファン層」と「ふわっとした購買層」はどちらが多いのでしょうか。
WGIP洗脳説にオリジナル解釈 「第三章 敵を知れ」では、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)を取り上げています。WGIPは戦後間もないころGHQが行ったとされる情報政策ですが、右派陣営が自分たちにとって不都合な歴史事実を否定するのに、好んで引用します。百田は、これに次のような独自の解釈を施し、WGIPは1960年頃から「時限爆弾」のようにじわじわと浸透していったと主張しているそうです(91〜92ページ)。
著者によれば、このWGIP論については、歴史学者の関心は非常に低く、保守系の歴史学者として知られる秦郁彦も「陰謀史観」で批判的に検証しているそうです。 著者は、この問題についての歴史学からの成果として、2018年に出版された賀茂道子「ウォー・ギルト・プログラム: GHQ情報教育政策の実像」 を高く評価しています。江藤は、GHQは全国紙に掲載させた連載「太平洋戦争史」と、そのラジオ版「真相はこうだ」によって、侵略戦争という歴史観を日本人へ植え付けたと主張していますが、賀茂によると、「太平洋戦争史」では侵略という視点は重視されていないということです(GHQが「洗脳」?実態は 賀茂道子さん、保守論壇「自虐史観植え付けた」説を史料で探る)。 著者は、賀茂への取材の結果を次のようにまとめています(93〜97ページ)。
しかし、安倍ブレーンが座長を務めた研究報告に示された歴史事実を「根拠がない」と一蹴するのでは、事実を無視して想像で歴史物語を書くのと変わりはないのではないでしょうか。 「ごく普通の人」の心情に訴える ヘイト的言動ばかりではなく、偏った取材や一方的な事実認識に基づく記述など、百田作品には様々の問題がありますが、それにもかかわらず多くの読者の支持を得ています。 著者は、「第四章 憤りの申し子」で、次のように述べ(110〜111ページ)、その理由について、百田が「ごく普通の人」の心情に訴えかけているからではないかと、推論しています。
この研究によると、次のように(103〜104ページ)、ヤフーニュースのコメント欄の書き込みにも、同様の風潮が見られるということです。
著者は次のように述べ(107ページ)、反中・反韓がネット世論と世論が共鳴するテーマであり、百田への支持がネトウヨ以外にも広がる要因であることを示唆しています。
百田は、「X」で2023年2月12日に次のように述べています。 「売れなくなった」とはいっても、年間100万部近く売れているのですから、超高額所得者といえます。「売れなくてもいいから、書きたいものを書く」という姿勢は、評判は気にせず、右寄りの発言を続けることに通ずるのかもしれません。
百田は、2023年9月に、日本保守党を立ち上げたところ、アカウントのフォロワーが、27.5万に達したということです(百田尚樹「今の自民党は大嫌い」 15日で27.5万フォロワーの“日本保守党” 立ち上げた真意 )。 つくる会現象と百田現象の断絶 「第五章 破壊の源流」では、百田現象の土壌は、1990年代の「新しい歴史教科書をつくる会」の動きに始まるとする、若手社会学者の倉橋耕平の分析を紹介しています。倉橋の主著には、サブカルチャーを拠点に登場した歴史修正主義の動きに注目した、倉橋耕平「歴史修正主義とサブカルチャー」青弓社、2018年があります。 倉橋は、この著作で歴史修正主義について、次のように説明しています。
文芸春秋社のマルコポーロという雑誌は、ホロコーストを否定する論文を掲載し、国際的な問題となって、廃刊となり花田紀凱編集長も解任されています(陰謀説の危険 その9 雑誌「マルコポーロ」の記事がなぜ反ユダヤとされたのか)。 歴史修正主義者は、「ヒトラー署名の絶滅命令書がない」ということなどを論拠としているようですが(横浜市立大学新叢書 13『アウシュヴィッツへの道〜ホロコーストはなぜ、いつから、どこで、どのように』(2022‐03 刊)を比較素材に、―ロシア・プーチン政権のウクライナ侵略戦争との共通性と異質性を考える―)、一部分を否定することにより全体を否定するという手法は、南京大虐殺否定論と通じるところがあるかもしれません。 倉橋は、歴史修正主義がどのようなメディアで展開されているかに注目して、次のように分析しています。サブカルチャーは、論者によって捉え方は様々ですが、倉橋は、自己啓発書、保守論壇誌、週刊誌、マンガなどの商業出版などをサブカルチャーと呼んでいるようです。
小林よしのり、西尾幹二、藤岡信勝は、次のように、1990年代に歴史関係のベストセラーを出版し、「新しい歴史教科書をつくる会」の中核になっていますが、いずれも歴史学の専門家ではありません。
結成から3年足らずの「新しい歴史教科書をつくる会」は、次のように内部対立が激化し、さらに、3分の1程度できていた教科書は、西尾の鶴の一声で全面書き直しとなります(279〜281ページ)。
2006年の採択でも1%にも届かないという惨敗が続き、「つくる会」は分裂し、残ったメンバーは、新たに自由社の教科書を執筆し、脱退したメンバーは「日本教育再生機構」を設立し、扶桑社(2007年に育鵬社が継承)の教科書を執筆することとなります。 自由社の教科書の採択は、その後も低迷し、2020年の検定では一発不合格となっています(『新しい歴史教科書』の不可解な「一発不合格」??教科書検定の不正を告発する)。 一方、育鵬社の教科書は、採択を6%前後に延ばしてきたものの、2021年の採択では1%前後に激減しています(歴史教科書「なぜ採択?」育鵬社版を継続の大田原市に声)。 「つくる会現象と百田現象の断絶」について、著者は次のように検証しています(314ページ)。 つくる会メンバーが大切にしていた思想や「情」は蒸発し、百田尚樹現象はイデオロギーばかりを重視する表層的な理解でしかないという説明は、ややレトリックに走りすぎて、何か良く分からない話です。
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